こんにちは! arc-en-ciel〈アルコンスィエル〉Takako(→プロフィールはこちら)です。
今、わたしが改めて大切だと思っていることがあります。
今回は、そのことについてお話しします。
先日、夫が仕事帰りに電話をかけてきて「お肉を買って帰ろうと思うけど」と言ったので、わたしと娘は、自分の好きなお肉をリクエストした。
買ってきたお肉を、夫が娘にみせていた。
娘は「ありがとーう」と言った。
わたしは、娘の声のトーンで、リクエストしたものと違う物だったんだな、とわかったけれど、夫は気づいていない様子だった。
娘がその場を離れようとしたので、「パパに、ちゃんと気持ちを伝えてね」と言い、
夫には「『 Hちゃん(娘のこと)の好きな、大きな鶏肉の!』と言っていたのは、大きな骨つきのもも肉のことだったんだよ」と伝えた。
娘は自分の言葉で、リクエストしたお肉と違っていた、と夫に話し、でも このお肉(骨のないもも肉)も美味しそうなので1人で全部食べるからね、と伝えていた。
なぜ、わたしが、わざわざこんな事をするかというと、
一緒に住んでいる家族だからこそ、自分の気持ちをていねいに言わないといけないし、相手の気持ちもちゃんと聴かないといけないと思っているから。
わたしは小さな頃、家族に「自分の気持ちを伝える」というのができなくて、伝わらないので、いつも怒って泣いていた。
そして、途中から自分の気持ちを伝えるのをあきらめて、だんだんと家族と口をきかなくなり、自分の住んでいる家が心地良くないので、祖父母の家に住んでいた時期がある。
「 パートナー 」や「 親子 」など、家族との関係は、大切な人間関係。
この1番身近な人間関係を、自分がいかに心地良くできるか、が重要。
自分の家での人間関係を心地良いものにできたら、家は、安らぎ落ち着く、癒しの場所になる。
日々の幸福度が上がる、それが積み重なり、人生の幸福度も上がる。
それには、「 自分の気持ちを伝える 」という練習が、とても大切。
伝え方次第で、お互いがよりわかりあい、良い関係にもなるし、その反対にもなるから。
自分と相手がイヤな気持ちにならないように、お互いが笑顔でスッキリできる伝え方を、家族の中で、練習している。
それから、特に大切!と思っていることが、「 自分にウソをつかない 」ということ。
それは、今、小学3年生の娘が、もっと小さな頃から伝えていることの1つ。
(くわしくはこちら→ チグハグ?)
例えば、
・Aがいいと思っているけれど、みんながBがいいと言っているから、Bにしよう。
・本当はこう思っているのに、思っていることと違うことを言う。
初めの例は、本当の自分の気持ちはAがいいのに、人の目を気にして、自分にガマンさせてBを選んでいる。
次の例は、自分が思っていないことを言っていて、自分に誠実じゃない。
どちらも、自分にウソをついている。
でも、ウソをついていることは誰にもわからないけれど、自分はアレ?と思っている。
自分は、自分の思いと言葉が違うことを、しっかりわかっている。
そんなことを何度も繰り返していると、自分にウソをつくことが平気になる。
そうなると、自分にウソをつくことが当たりまえになって、なんとも思わなくなってしまう。
でも、自分の中には、怒りや悲しみ、不信感が少しずつ、気づかないうちに溜まっていく。
長い間続けていると、それが、ふとしたきっかけで 身体や「こころ」の不調という形で現れてくる。
もし、自分以外の人の「いつも思っていることと言葉が違っている」や、「言っていることと行動が違う」というのを目の当たりにしたら、ん!?となると思う。
そして、それを何度も繰り返しているのをみていたら、きっとその人のことを信頼できないと思い、その人を信じなくなると思う。
なのに、自分には平気でウソをついてしまう。
そんな状態だったら、自分自身が、自分をみた時に、自分を本当に信用できるだろうか?
それと、本当の自分の気持ちに気づいているのに、見て見ぬふりをするのも、自分を大切にしていないこと、そんなことをする自分を信頼できないと思う。
はじめにお伝えしたお肉の話は、自分の感情・本当の気持ちをしっかり自分自身が認識し、相手に伝えることができるように、『 自分の「こころ」と向き合う 』習慣を家族みんなで身につけたいからしていること。
相手に、「 自分自身の本当の気持ちを伝えられた 」表現できたというのは、自分のことを大切にできたという深い喜びと、自信・自分への信頼につながっていく。
わたしは、自分自身が自分を信頼できる・信じることができる人でありたいので、「 自分にウソをつかない 」というのを大切にしている。
自分に対して、誠実でありたい ^ ^
最後まで読んでくださり、ありがとうございます♪